はぐれ日蓮の信者のつぶやき(廣田頼道さんへの手紙・その4)

貧乏とか病気とかそういったことを何とも出来なくて「現じ難い仏界」を現ぜられるでしょうか 法華経では「十方仏土の中には一乗の法のみ有って二も三も無し」と繰り返し繰り返し説いています その一乗の法を説いたのが日蓮ということだと思います「日蓮が弟子といって法華経を修行せん人々は日蓮が如くにしさせたまえ」とあります真筆ではなくてもその通りだと思います 日蓮が如く 自行では方便品の長行比丘偈の前、いわゆる世雄偈までの読誦、寿量品の読誦、唱題ということだと思います これについては富士門流信徒の掲示板 勤行のスレッドでもそういう結論だったと記憶しています頼道さんはこの世雄偈を勧めている人です俺みたいなはぐれ者の信者にとっては大変大変有難いことです言葉では表せないくらい感謝しております けれども三世の生命の捉え方、宿業転換の否定ということで人々の夢と希望、これを奪っていると思います これは絶対許せません 日蓮の仏法を蔑んでいるということになるからです  頼道さんの法話を聞いて(破良観等御書、質疑応答その18など)一瞬え?と思い、悲しさ、虚しさ、哀れ、などの感情が起こりました 時間、日にちが経つにつれて怒りの感情が出てきましただんだん強くなってきたのです 何回か聴きなおしてもその都度その都度怒りがこみ上げてきました だんだん強くなってくるわけです こんな人は日蓮の仏法を語る資格はないということです   こうすればこうなるという法則があってそういう結果が出ない場合はその法則自体が間違っている もしくはちゃんと法則どうりにやっていないということだと思います 今の時代毎日朝と夕方40分から1時間ぐらいかけて勤行、唱題している人がどれくらいいるんでしょうか 結果が出ないのはやらないから、ちゃんとやらないからというふうに思っています